デザインのある光景Number: 39


Subject:

Chikugo River Lift Bridge

Text: Yoshiko Taniguchi

Photo: Kyoko Omori

Mother Comet No.51 | 2020.June

阿蘇山を水源として、熊本、大分、福岡、佐賀の4県を流れる筑後川。有明海へと注ぐ雄大な川の下流には大小さまざまな橋が架けられているが、高さ30mもある大きな構造物が対峙しているように見える「筑後川昇開橋」の存在感は格別だ。

全長507mの鉄橋は1935年、旧国鉄佐賀線の橋梁として開通。その頃、隣接する若津港(福岡県大川市)は博多港をしのぐ積み出し港として栄えており、新設する橋は頻繁に往来する大型船の運航を妨げない必要があった。そこで列車の通過時以外は船舶が通れるよう、中央の橋桁(長さ24m・重さ48t)を上昇させるという大胆なアイデアで問題を克服。激しい潮の干満差や川底の厚い粘土層など工事は困難を極めたが、苦労の末に完成した橋は「東洋一」と称されたそうだ(ちなみに設計・仕組みの考案は鉄道省の技官たちが行い、精緻な構造から精巧模型が1937年開催のパリ万博に展示されたという逸話もある)。写真は可動する橋桁を最大23mまで持ち上げた状態だ。

「完成当時、この辺は物流や金融の一大拠点でした。だから多額の資金と高い技術力を注ぎ、こんなにすごい橋が作れたんでしょうね」と話すのは、操作員として橋に常駐する古賀さんと野中さん。だが1987年に佐賀線が廃線となった時、役目を終えた「筑後川昇開橋」は解体の危機に直面したという。「でも“何としても町のシンボルを残したい”という地域住民の強い要望で、1996年に遊歩道として復活したんですよ」。橋が解体を免れ、今も85年前と変わらぬ姿で存在感を放っているのには、愛着をもってシンボルと向き合い、この穏やかな光景を守ろうとしている人たちの存在が大きい。

やがて2003年に国指定重要文化財、2007年には機械技術の発展史上、重要な成果を示すものとして日本機械学会から「機械遺産」に認定され、現存する可動橋としては全国で最古となった「筑後川昇開橋」。地域とともに激動の時代を駆け抜けた朱色の橋は観光名所としてだけでなく、日中は福岡県と佐賀県をつなぐ風光明媚な散歩コースとして、日が落ちれば夕焼けの名所、夜のライトアップなど多彩に表情を変えながら、多くの人々に愛されている。

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