デザインのある光景Number: 30
Subject:
Central entrance of Imperial Hotel
Text: Yoshiko Taniguchi
Photo: Kyoko Omori
Mother Comet No.42 | 2019.September
「近代建築の三大巨匠」のひとりに数えられるアメリカの建築家、フランク・ロイド・ライト(1867~1959年)の建築群が、7月にユネスコの世界文化遺産となった。登録されたのはアメリカにある代表作8件だが、ライトの作品は深いつながりのあった日本国内に、3つ現存している。中でも愛知県犬山市の「博物館明治村」にある「旧帝国ホテル中央玄関部」は、ホテルの一部を総費用11億円、約17年の歳月をかけ、移築復原したものだ。
大正12(1923)年、皇居近くの日比谷公園正面に建設され、完成披露当日に関東大震災に遭遇するも、大きな被害もなく耐え抜いた伝説の帝国ホテル。老朽化や客室数の少なさから解体が決まったが、近代建築などの保存を行っている博物館明治村に昭和60(1985)年、移築竣工された。
移築されたのはほんの一部だが、その迫力はご覧の通り。3階まである吹き抜けの大空間には、計算し尽くされた光が柔らかく降り注ぎ、特に愛知県常滑で焼かれたテラコッタと、栃木県の大谷石で作った「光の籠柱」は息を吞む美しさ。建物内外の、至るところに幾何学的な模様の彫刻を施すなど、一切の妥協を許さず、細部まで贅を尽くした空間に立てば、かつて海外から多くの賓客を受け入れ、隆盛を誇っていた当時の空気感までもが伝わってくるようだ。
新しい建物を作ることより、古い建物を残す方がずっと困難な世の中で、100万㎡という広大な敷地に、重要文化財を含む価値ある建築物67件が解体の危機を免れ、穏やかな時間を刻み続けているという事実。それは昭和40(1965)年の開村以来「本物を遺し、伝えたい」という創業者たちの情熱が、途切れることなく今に継承されていることに尽きるのだろう。
「空間を利用してもらうことで、建物の良さを体感してもらいたい」という方針から、村内にあるほとんどの建物が入場可能となっており、帝国ホテル正面玄関2階の喫茶室でも、コーヒーやケーキなどを楽しむことができる。上質な空間で優雅なひと時を過ごしながら、建物がどんな変遷をたどって今ここにあるのか、人の思いや裏側にあるストーリーにも思いを馳せてみて欲しい。