デザインのある光景Number: 25
Subject:
Karato Wholesale Market
Text: Yoshiko Taniguchi
Photo: Kyoko Omori
Mother Comet No.37 | 2019.April
関門海峡を眼前に臨む下関市の唐戸市場。業者向けの「卸売市場」と一般向けの「小売市場」、両方の顔を持つ全国でも珍しい市場だ。週末は一部店舗でふぐの加工品や海鮮丼、握り寿司などを屋台形式で販売する「活きいき馬関街」が開催され、一カ月に約10万人が訪れる人気の観光名所だが、建築という視点から見ても、稀有な存在であることはあまり知られていないかもしれない。
写真は海に面する出入り口から、競り場を撮影した光景だが、通常あるはずの柱が見当たらない。「出入りするトラックを縦横無尽に走らせるため、屋上から屋根を吊る『テンション構造』と『調弦梁(ちょうげんばり)構造』という併せ技で、吹き抜けの大空間を作り出しています」。教えてくれたのは、北九州市で活躍する建築家・古森弘一さん。市場という性質上、骨太で耐久性重視の設計が求められがちだが、唐戸市場は既成概念にとらわれない新しさと美しさが際立っており、同業者にもこの建物のファンが多いそうだ。「厚さの必要な部分と薄くて大丈夫な部分を曲線でつなぎ、表情豊かな造形が生まれています。普通、市場の天井をここまで装飾的にしないですよね(笑)。設計者の美しさに対する執着心には敬服します」。
その設計者とは「所沢聖地霊園(日本建築学会賞)」や「西武ドーム(メットライフドーム)」「北九州市立大学本館」などを手がけた池原義郎氏。繊細で美しい作風が特徴とも言われる池原氏が、市場というダイナミックな機能に対しても、素材やディテールにこだわりを貫いた唐戸市場。「活気ある市場を上から見下ろせる2階の通路や、海峡を見渡せる屋上の芝生広場などからも、卸売に関わる人だけでなく、一般の多くの人で賑わう様子を意識して設計したことが分かります。最初は、繊細な設計者としての印象が強い彼が市場の設計をしたことに違和感を感じましたが、数々の繊細なデザインが、市場という無骨な空間に居心地の良さをもたらし、誰もが出入りしやすい、開かれた場所を生んだと認識しています」。
つい目の前の「美味しいもの探し」に夢中になってしまいがちだが、ちょっと視線を上に向けるだけで、印象がガラリと変わる唐戸市場。新鮮な魚介類だけでなく、斬新で贅沢な意匠もじっくり味わいたい。